お祭りART、閉じたART

最近色々ある。なんたらビエンナーレとか、なんたらARTウェイークとか、そんでみていると何がおもしろいんだか、おまえさん誰で何が言いたいんだか?みたいなそういうお祭りARTをとりあえずやりたがる風潮がつづいている。これね、誰かが仕掛けてるんだからだからなんなのか?何が目的でどれだけ目的達成したか結果教えて欲しい物です。信念もってやってる人達はいいですよ。その信念に基づいて作品が集まるんだから見応えもあるでしょう。しかし、一時の安いお祭りがおおすぎて、もう飽和して天才もアホも入り乱れています。決してね、詰まらないARTやってる側には問題ない、信じてやってるんだからそれを認めてくれてひとがいたらそりゃやりたいでしょう。
でもね、チープな物が氾濫してろくな事ないよ。人間に良い影響がARTからあるって?そんなもんあるかい! それは考え抜いた信念をもったアーティストが、結果に向かって勉強と試作を長年試みたけっかはじめて生まれる哲学なわけで、こんな感じでどうよ?こういう風にみえるだろ?ゆかいだろ?みたいなの屁ですよ。例外として若い世代からうまれる斬新な物事ののとらえかたはあるだろうけど勘違いしない方が良いね。ほとんどハズレです。
 逆にね、誰も見てない、何処でやってるんだか、どこにあるんだか、えらい不便なところでこれまた何が良いんだか?何がおもしろいんだか?なARTを高尚ぶって見せているギャラリーもねめんどくせえよ! たいしておもろくないよ! といいたい。
もっと必要とされながらもわかりやすくて深い、映画産業のようなARTのとらえ方で素晴らしいART哲学を経済的に回せる仕組みがない物か?  あっ だから村上隆は映画作るのかな・・