うつくしいART とそうでないART

作品を見るときに注目して欲しい。
写真や風景画は家にあう、美しい、かっこいい、素敵だ、ほしい、で簡潔してしまう作品と、みてもなにが美しいのだか、おもしろいのだか、皆目不明な作品がある。
前者の作品は売りやすいが後者は非常にうれづらい。
しかし、前者の作品よりも後者の作品のほうが、歴史に及ぼす功績は大きく、後半戦になると評価額も0が二つほどかわってくる。
なぜか?
それは、後者には、次世代の地球、人類に影響を及ぼすあらたな価値観が潜んでいる可能性があるからである。新たな価値観は一般人には見抜きにくいだから売れづらい。
個人の好き嫌いや、美しさだけの価値観だけではなく、いままで心のどこかに多くの人が引っかかっていた、しかし共有することの出来なかった感覚、完全に頭では理解できていなかった感覚を作品をとおして言語化し地球上に共通の言語として生み出すことになるからである。あたらしい「わかり」を人類の脳にあたえるほど人が必要としていることはない。
それを良いことに詰まらない価値観を分かりづらくしているARTISTはあほうであるので、遠慮つばを吐きかけ退出しよう。

過去のARTISTを思い返して欲しい、名前が浮かぶどのARTISTも世界の価値観を変えた人物である。そして、取り扱う金額が大きいほど、世界、歴史への影響力は大きい事に成っている。

本質的なARTとは、後者であると私は理解している。
前者もARTとよばれているが、大きく違いがある。