2011年11月アーカイブ

ARTはドラッグのようなものだ。

億万長者は欲しいものほぼすべてをお金で買える。
しかし、億万長者も同じ人、刺激を求め続ける。

凡人はささいな刺激で満足できる。
物足りない人は常軌を逸した行動で満足を得る
それでも物足りない人はドラッグに手を出す。

億万長者は更に上の刺激を求めている。
凡人には想像もつかないほどの

作品はドラッグでないといけない。
対峙した人に異世界を体感させられるような
目が離せなくなるような何かが作品には必要だ。

それらを作品の中に盛り込んでこそARTはドラッグを超える。

でなければ、作品はブラックコーヒーほどの価値もない。






虚しさ、情けなさ、怖さ、恐ろしさ、悲しさ、優しさ そういうものが必要な人種であり、そういうことを作品のどこかから感じるようなものを作品にしたい。

オトナになると、いろんなことがわかってしまう。
どんどんどんどん賢くなってしまう。

成長しすぎないように気を付けないと、気がつくと自分のなど消えて、そこにはよく見る大人がたっている。

知識が先行しすぎると、技術に走り過ぎる。
技術を磨いてできることでモノを作るなんて、ARTのフィールドでやる意味が無い。
まともな職人がやることだ。
大人になっても、知識が増えても、本当に自分がいいとおもったことを形にできないようでは、詰まらない。

ARTとPaintig


21世紀、ARTは頭でやるしかない。
そう気づいてやってきたが、
描いている自分が向かう画面には、心で受け止めたものを手から創りだそうと無心で具象にしようと努力する自分がいる。
これはART、なのか?Paintingなのか?
どちらだけでも満足な感覚ではない。
確かなのはARTは進化していること。