2010年9月アーカイブ

会社ロボット

会社の仕事は合理的に・・・

機械は合理的だ、仕事は機械のように無駄なく時間道理に精密にプランがくめればいち番いいのだ。データを集めるフォーマットを作ったり売ったり、買ったり学んだり、すべて、数字を手にいれて機械的に動き、確率を上げるための仕組み。

しかし、残念ながら人間は機械ではなく『生』だ合理的に動くのが実は苦手。

さらにしかし、人間は社会で会社に属している以上合理的なほど優秀と評価される。
機械のように、割り切ることが重要、二進法は合理的なのだ。
「でもや」「だって」と機械は言わない。機械が言い訳しだしたら工場は破綻する。聞いているだけで時間と金が吹き飛んでしまう。会社にとって時は金。

会社というのはそれ自体が大きな機械ロボットである。
会社に属すというのは部品になると言うことでもある。役目を果たさない部品は改善を求められる。逆に言うと、部品としての能力を買われて雇われているのだから、部位の仕事をとにかく効果を上げればそれだけでよい。その上に『生』の感覚をつかい全体に対しての自分の部位を客観的にとらえ、さらなる効果をあげることができれば最高で、それ以外は仕事では無いということは大いに可能だ。生の人間が気がつくさまざまは、むしろ我慢が必要。問題点や改善点はちゃんと決定の場で言わないと『生』の感覚で感じたせっかくのセンスは無と消える。それができない生のアイデアは邪魔な物、迷惑な物、無用のなが物である。

ますます、会社はロボットなのだ。
腕のパーツが腕の仕事をせずに、頭にグイグイ出てきて腕の仕事をおろそかにしていてはロボットの片腕は動かない。

ロボットになるのはいやだと誰もが思う。
しかし生のアイデアや感覚が重要なのは、「作る物、売る物」の理念にある。
理念は生み出す物で、仕入れることはできない。
人間であるべき『生』の部分はまさに最初にある。

気をつけよう、機械は間違ったらまちがったまま突き進む。時間とともに。

絵描きとて例外ではない、世の中に作品を排出してしまえば同じ。
絵という物を扱うロボットたちがそれを燃料に動き始める。


力の構造

子供の頃はー腕力
大人になったらー金
金に勝つのは、ーアイデアと才能

力 < 金 < 才能